平成23年・震災後の気仙沼
 2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震により被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。
 この記録は、震災後に実家のある気仙沼市を訪れた時のものです。

 3月14日

 気仙沼市役所前付近

 がれきと放置された車の間に、最低限の道が確保されている。
 建物・車には捜索が済んだ印がつけられていた。
 しかし、まだ多くの人が行方不明のまま・・・。

 3月16日

 気仙沼市四反田

 被害を免れ、営業している店舗に長い行列が出来る。
 開店前から3時間以上並び
 店舗入口に並べられた限られた商品のみ購入出来、
 店の中に入ることは出来なかった。

 3月17日

 気仙沼市田谷

 震災以降、消えたままの信号機。
 電気は19日に復旧した。
 積もった雪の下にはヘドロが残され、
 歩くと足にまとわりついた。
 
 3月17日

 気仙沼市本郷

 港付近から流されてきたと思われる建物が
 河口から3kmほどの場所に残されている。
 大型のトラックや船も打ち上げられていた。 

 5月3日

 気仙沼市階上地区

 以前、住んでいた場所を訪問したが
 建物のあった場所は特定できなかった。
 ここのような、市中心部から外れる地区は
 まだほとんど手がつけられていない。
 一瞬にして多くの人の命を奪い生活を奪った大災害。「天罰」と言った方もいたが、波にのまれ命を失う恐怖。
 寒さや飢え。絶望感。数えきれない不自由。これほどまでの罰を受けるほどの罪を犯したのでしょうか。
 被災した方々に、流した涙の数と同じかそれ以上の幸せが訪れるように願います。
 僅かな手伝いや募金くらいしか出来ませんでしたが、微力ながら継続したいと思います。一日も早い復興を祈っています。